ほぼ毎日、朝プールで泳ぐ。体調がよくなり、頭の中の雑念を水で洗い流すような気分になるからだ。
月に一度くらい、帰途まわり道をする。家内が好きなクリームパンを売るベーカリーに寄る。その途中に、木版画用品を扱う木工店がある。
通るたびに、「子供の頃、彫刻刀で木を彫り、木版画を刷ったな」と昔を懐かしむ。あるとき、中に入り、木版画の道具をながめた。実にいろんな種類がある。
そのときはただ見ただけだったが、あるとき急に木を彫ってみたくなり、初心者セットを衝動買いした。
――滝が好きなので、まずそれを彫ることにした。滝の下絵にトレーシングペーパーを当て、鉛筆の太い線で滝と岩の輪郭を描く。
はがき大の版木に赤のカーボン紙を当てる。滝の絵を描いたトレーシングペーパーを裏返して上に乗せ、輪郭線をボールペンで転写する。
彫刻刀で三枚の版木(はんぎ)を彫っていく。岩は茶色用の板、滝は水色用の板、木は緑色用の板と。
版木刀(刃先が斜めにとがっていて、これで輪郭をえぐる)。
平刀(先が平たく、大と小がある)。
丸刀(先が丸く、太、細、極細と三種ある)。
三角刀(細い溝のような線を彫る)。
茶色、水色、緑色の絵の具を小皿にといて、各一枚の版木に刷毛で色を塗り、紙を当て、平たいバレンでこする。
バレンとは漢字で書くと馬連らしく、版木に当てた紙を上からこする道具だ。昔は竹の皮のバレンをよく使ったそうだ。
同じ葉書の大きさの紙をつぎつぎと三枚の版木に当て、彩色をしていく。
出来上がった。要は簡単だ。しかし、滝、岩、木の境界が微妙にずれて、空白があいた。
なぜ色と色の境界がピタリと合わなかったのか。それは版木の端にマークした位置決めが甘かったからだ。
初めてにしては悪くない。また別の滝を彫ってみよう。
(令和四年六月二十四日 記)