亡父は潔癖症で、よく手を洗う男だった。体が大きいのに細かい指先を使う作業が得意で、実に神経質だった。戦後は潜水艦の艦艇設計をしていた。
父が亡くなってからもう四十年を経るが、そのきれい好きの源が分かった。父は元近衛兵で、現在の上皇が皇太子の頃、身辺の整備や護衛をしていたという。広島のような地方から近衛兵に選抜されるのは名誉だったそうだ。
二十歳の徴兵検査のあと、すぐ上京し教育を受けたらしい。近衛兵教育の折、「天皇家の御品に触れる前は、必ず手を洗え」と教えられたのだろう。
そういえば、父は特に指が汚れるのを嫌った。よく手袋をして日曜大工をしていたが、終わってそれほど汚れていないのに手を何度も石鹸で洗った。
父は潔癖症のせいか古本を嫌い、求めるのはつねに新刊書だった。戦後、国民は過剰なほど伝染病の脅威を家や学校で繰り返し教え込まされた。
父の影響もあり、私も最初は古本嫌いだった。ところが、還暦前に後楽園ホールである書道の先生の知己を得て、師事することになった。
収集癖のある私は、それから筆墨硯紙の文房四宝、書蹟集などを集めるのに熱中した。書道の本は装幀が立派なものは高価で、収集のためには古書店を利用せざるを得なかった。晩学とはいえ、二十年を経ると、本箱二棹に書道の本が一杯になった。そして、私は古書好きになった。
古書店をのぞくたびに、いろんな手本の書を求める。あるとき、店先でいま先生の添削を受けている米芾(べいふつ)の蜀素帖を手に取った。先の所有者が余白に臨書における注意点を書き込みしている。その筆跡が亡父のそれとそっくりなのに気づいた。
ああ、親父の字は角ばった顔真卿の書跡を真似ていたんだな。その書き込みが何か貴重なものに思えて、その米芾の古本を求めた。自分は同じ本を持っているのにーー。
(4−16−2022)
春 眠 不 覚 暁
處 處 聞 啼 鳥
夜 来 風 雨 聲
花 落 知 多 少
(4−16−2022)