書道(漢字)、水墨画に加えて、数年前よりかな書道を習っている。
新年4日から10日開催の日書展(かなの部)に入選した。
コロナ禍にあって友人、知人への通知を控え、9日に家内と東京都美術館へ観に行った。
陽光のもと、上野公園は人が少なく閑散としていた。
佳作入賞で、この件についてわが師とこんな問答があった。
「先生、今年は駄目でした。ただの佳作です」
「あなた何を言ってるんですか。去年は褒状でしょう。佳作は褒状より上ですよ」
「えっ、そうですか。私は佳作より褒状の方が上かと思っていました」
「日書展の佳作は、なかなか入選できないんですからね」
調べると、大臣賞や特賞、特別賞を別にすれば、優作、つぎに佳作、その下が褒状(元々はお褒めの言葉の意味)が来るそうだ。
ここで、「褒状」という言葉に引っ掛かり、帰宅後、「北大路魯山人」(白崎秀雄著 文藝春秋社刊 昭和46年)の該当頁を開いた。
この単行本の31頁。
絵画の一等賞金碑受賞者、二等賞銀碑以下の名前をあげ、次いで書の受賞者の指名を並べ、その初めに、“褒状”一等として五名が列記されている。その二番目に、
隷書千字文 東京 福田房次郎(魯山人の本名)
と、記している。(後略)
よく魯山人の伝記にこの日本美術展覧会に21歳で大賞を取ったとか書いているが、実際は最上位の大賞ではなく「褒状一等二位」だったようだ。
魯山人は20代前半、町書家、岡本可亭の内弟子となる。
町書家とは純粋な書家(日下部鳴鶴や小野鵞堂など)とは違い、一般印刷の元となる版下も書く書家である。ただし、可亭は顔真卿を敬する優れた書家だったという。
岡本可亭の長男が岡本一平、さらに三女があり、その末娘が嫁いだのが、一平の東京美術学校(現東京芸大)の同級、池部鈞(ひとし)であり、その長男が俳優になった池部良。
一平の妻が岡本かの子で、その長男が岡本太郎だ。
別に魯山人に特別興味があるわけでなく、「褒状」というものの展覧会における位置に触れたかっただけだ。
漢字、かな、水墨画と3名の師につくことで確かに相乗効果はある。
しかし、いまひとつ思うように上達しないのはエネルギー、時間を3つに分散しているせいだろうか。
しかし、さしあたりこの相乗路線で行くしかない。自分でそう決めたのだから。
(2−15−2021)
わが母は香川県の高松出身で今は神戸に住んでいるが、三人姉妹だ。上から九十九、九十六、九十三歳と三つ違いで、母は次女だ。他の二人は高松在住である。
長女は老齢のため養護施設に入っている。その娘から母へ何度か電話があったという。
「最近、母が弱ってきて、叔母さんに会いたい、会いたいとしょっちゅう言うんです。もしお願いできましたら、交通費から何からすべて持たせていただきますので、一度顔を見せていただけませんでしょうか」
姪からのたっての願いだから、母は高松行きを決めた。近くに住むわが妹は、「一緒に付いて行っても・・・」と母に声をかけたところ、「ひとりで行けるから」と母は断ったそうだ。
神戸の三宮駅から高松行きの直行バスがあり、妹は車で駅まで送った。
久しぶりに三人姉妹が介護院で集い、そのあと母はひとり暮らしの三女の家に泊まってから神戸に帰ってきた。
母と妹の電話連絡でちょっと喰い違いが生じた。高松からの直行バスに乗る前、母は妹に言ったそうだ。
「三宮からは自分で須磨まで帰ることができるから、迎えに来なくていい」と。
妹は、「そんなことを言わず、こちらは迎えに行くから」と言って電話を切った。
「何が起こったと思う」と妹は私に訊く。
バスは途中渋滞がなく、予定より早く三宮駅に着いたそうだ。そこで母はタクシーに乗り、須磨へ帰ってしまった。
妹が車で三宮に着き、バスがもうとっくに到着したと知った。もしやと思い、家に電話すると、「さっき着いてこれからお茶を飲むところ」と母は応えた。
いま三宮にいるというと、「迎えに来なくていい、と言ったのにーー」と主張する。
母はまだ元気だが、最近かなり耳が遠くなった。
「それでも迎えに行く、と言ったのが聞こえてなかったみたい」と、妹はため息をついた。
――数日後、私は母に電話した。
「伯母さん、どうだった」
「動くのは車椅子だけど、私の顔を見たら、元気に話をしていた」
母は今回が最後とか悲観的なことを一切いわず、また高松へ帰る気でいるらしい。久しぶりに三人姉妹が揃い、昔話をしたのが余程楽しかったようだ。
(2−8−2021)
「IN THIS CORNER」
はピーター・ヘラーという当時、若い、テレビのディレクターで
超ボクシングマニアが42名のチャンピオンたちを訪問した
インタビュー記をつづったもので
各自の回顧録の形を取ります(質疑応答でなく)。
これは非常に面白く、評判の高い本です。
・・・以上のように
Boxing Fan Club(BFC)では
本の概要
買い方
初版、再版の違いなど
を解説しています。
(2−1−2021)